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七十歳の恋、そして勝負! [社会]

 旧ソ連の元チェス世界王者ボリス・スパスキー氏は、、「私たちの時代からチェスは変わった。コンピューターがチェスの面白みを殺してしまった」と言う。

 チェスは早くからコンピューター化が進められたが、囲碁、将棋も最近はコンピューター化が進み、将棋ソフトの「ボナンザ」は、渡辺竜王との対戦でも善戦した。

 スパスキー氏は、コンピューターがチェスの面白みを殺してしまった、と言うが、囲碁、将棋も全くその通りで、人間対人間どうしが行うゲームには常に”人間味”がついてまわる。

 何故か将棋の名人には、チェスをたしなむ方が多い。かっての大山名人。羽生、森内名人なども、フランスのマキシム・ラグラール チェス名人と互角に指すと聞く。

 勝負の間合い、手を渡す、鬼手、勝負手などなど、人間対人間の熾烈な、つばぜり合いのなかで戦う勝負には、生身の人間の勝負のアヤ、そして気合がある。

 乾坤一擲、逆転をかける勝負手は、必ずしも最善手だとは限らない。悪手であっても、相手に咎める手立てがなければ、その気迫に押され、局面の優劣が入れ替わる。

 技術だけではなく、仕事も遊びも含め、人間総合力の勝負になる。そこが面白い。機械相手では、その辺の迫力は期待できない。

 羽生善治王位・棋聖は、コンピューターが指す手は分かるという。ところが、将棋ソフト、ボナンザ、ボンクラーズが世に出て、様相は一変した。コンピューターが指す手が人間に近くなったという。

 升田名人がよく言う「勝負の間合い」 「人生の間合い」は、まさに勝負を通した間合いの呼吸を言い得て妙である。大勝負には、人生の潤滑油でもある「遊び心」との間合いも必要なのだ。

 米永永世棋聖は、プロで一本立ちするには、10000時間の勉強、修業が必要だと言った。毎日3時間、10年の研鑽を続けねばならない。しかし、どこかで遊び心を待たないと、芸に幅がつかず、大勝負の熾烈な戦いを制する人間力が鍛えられない、と言う。

 さわやか流、勝負と運の研究を書いた先生は、若い弟子たちにはコンピューターとの対戦を勧めなかった。

 最も人間臭い米永先生が、先日、コンピューター将棋ソフト、ボンクラーズと対戦し敗れた。

 敗れたのは、「私が弱いからだ」、と言った。過去に「勝負と運」についてよく言及されていたが、今回の敗戦の弁も、さわやか流を貫いた。


 米永先生は、2007年に、「六十歳以後」を出版された。私は、紀伊国屋書店での出版記念サイン会で、本の見開きに、サインをもらい握手をして頂いた。

 書は「風」であった。

 先生は今回の対戦が決まった数か月の間、ひたすらコンピューターと対戦し、作戦を練り上げた。一秒間に、千八百万手読むという無機質なコンピューターに対し、プロの人間が指す人間味のある将棋の素晴らしさを生かした作戦の模索であった。

 中盤以降、局面が複雑化し、読み手数が膨大になれば、一秒間に、千八百万手読むというコンピューターには勝てない。中盤までに圧倒的に優勢な局面を確立し、入王狙いの作戦を立てたという。

 最後に、奥様に「私は勝てるだろうか」と聞いてみた。奥様は、「あなたは勝てません」と言った。

 「あなたは今、若い愛人がいないはずです。それでは勝てません」と言った。この心は、あなたには全盛時の”勢いがありません”、ということであった。

 今回の敗着は、中盤での指し手が、まさにこの勢いのない迷いの一手であった。

 迷うから人間、間違えるから人間なのだ。

 野球では、ピッチャーの直球に勢い、伸びがある、という。バッターを圧倒する気迫あるこの球は打てない。

 将棋にも、勢いのある手は、手が伸びる、という。まさに勢いのある手を指せなかった米永先生の負けであった。

 今、米永先生は、若いころより勝るもの、それは、老いの素晴らしさである。魂の美しさこそ、永遠の美しさである、と言う。

 将棋の先生方は、よく宮本武蔵の「五輪の書」を読む。二十代のころはよく分からなかった。四十代でぼんやりと分かってきた。還暦を過ぎてようやく分かりかけてきたという。

 「六十歳以後」の最後のページには、奇しくも「七十代の青春」という記述があった。

 「もし七十代でときめく恋ができるとすれば、それこそが人生の勝利である」と結んでいます。

 ときめく恋ができれば、それは、コンピューターをも凌駕する筈であった。コンピューターにはない人間味は、まさに神のみぞ知る運と心の領域なのかも知れない。

 

 
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