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男子の本懐、国家の本懐 [政治、経済]

 防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛 集団的自衛権は四度目の正直か
問題は首相の自覚だ。安保防衛路線を調整せずに政権欲だけで運転してきた政党ゆえ、政府見解見直しの旗の下に一体、何割が結集するのか。

 引用記事全文
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120713/plc12071303160005-n1.htm

 北ミサイル発射に米「迎撃は本国防衛のみ」と通告
 
北朝鮮が4月に長距離弾道ミサイルを発射した際の米軍の迎撃態勢と日米の情報共有の全容が13日、分かった。米海軍は7隻のイージス艦を展開させ、大半が海上配備型迎撃ミサイル(SM3)を搭載。うち1隻を北朝鮮に最も近い黄海に配置したのは日本側の要請だった。米政府は発射前の協議で日本側に「ミサイルを迎撃するのは米国の防衛目的に限る」との対処方針も通告してきていた。

 引用記事全文
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120714/plc12071408200010-n1.htm

 集団的自衛権 当たり前のこと決断急げ
 
生死を共にする同盟国が目の前で攻撃を受けたら助けるのは当たり前だが、それさえできないのが現実なのである。

 引用記事全文
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120711/plc12071103200006-n1.htm

 尖閣国有化 野田首相“言うだけ” 地権者と具体的交渉なし
 引用記事全文
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120714/plc12071423310015-n1.htm


 憲法上、集団的自衛権は、保有はしているが行使は出来ない、などという解釈がまかり通る。 自衛隊は軍隊ではないと同様に詭弁のような論法である。世界の誰が見ても自衛隊は軍隊であろう。言い訳が国を左右する法治国家である。


 法解釈で、集団的自衛権は、行使できないとあれば、有事の時には、友軍を見捨て、安全地帯まで撤退せねばならない。

 「94年、アフリカ、モザンピークPKOに派遣された陸上自衛隊部隊はウルガァイの現地司令官から、緊急事態に伴い、民間の要員を警護するよう要請された。

 陸自部隊は警護任務を与えられていないと断ったところ、司令官は「なぜ、できないのか」と不快感を示した。日本の制約を説明した隊員は「あんな恥ずかしいことはなかった」と述懐する」
 (産経新聞より一部抜粋)


 日本の戦後平和憲法、9条の足かせである。それでいいのか。


 前安倍政権は、果敢にもその核心へ切り込んだが、大勢に押し切られついに舞台からおろされてしまった。


 日本の平和憲法は、一見平和に貢献しているように見えるが、北朝鮮等のテロ(拉致)には全く無効であったし、世界の紛争、テロの解決には寄与出来ていない。


 戦後民主主義などと共に、一国平和主義は、イスラム原理主義の台頭する激変する世界や時代の要請に応えることは難しい。


 日本が「戦争放棄」を掲げても、世界の紛争、戦争は増大する一方である。

 
 間違えないで欲しい。前安陪首相の提言した戦後レジュームからの脱却は「いつか来た道」へ引き返すことでは、決してない。

 16世紀ドイツの宗教改革者、マルティン ルターは「自分のために剣に訴えるべきでないが、他人のためには剣に訴えてもよいし、そうすべきである」と言った。

 前安倍首相は、集団的自衛権の解釈をめぐり、国のあるべき姿が何であるべきかを模索していた。

 世界の若者たちが、紛争地帯で戦い命を落としている。日本は常に傍観者であって、共に戦うことは出来ない。 

 友が窮地にあっても、9条を隠れ蓑に、撤退する。友のために、戦うことが出来ない悲しい国、日本。友の前で剣を取れない国は、平和のために何をしてきたのだろうか。

 先人たちが、この国のかたちとしての根幹をなすものは、武士道が最高の美徳とした、「卑怯を憎む」「敗者への共感」「弱者への愛情」だという。

 瀬島龍三氏、かって、東芝、土光氏とともに、国鉄民営化に取り組んだ、伊藤忠商事会長。先の戦争では、陸軍参謀として戦場に身を置き、終戦とともにソ連に抑留された。東京裁判では、ソ連の圧力にも屈せず、自衛の戦争を戦ったという信念を曲げなかった。

 復員後、一兵卒から伊藤忠へ入社、会長まで上り詰めた。座右の銘は、”男の本文、女の本文を尽くせ”である。

 
 野田首相、総理就任以前は、靖国参拝、集団的自衛権を認めていた。就任後豹変、認めぬと言い出した。尖閣国有化も、相変わらず政権維持のための上の空、言うだけ番長と変わらない。

 とまれ、世の為政者たち、うわべだけの絵空事を並べず、国民のため、世界の友のために、命を捨てるくらいの覚悟を持ってほしい。

 城山三郎氏の「男子の本懐」がある。

 昭和初頭、金解禁と軍縮政策阻止で、東京駅頭で狙撃された、濱口雄幸首相の言葉がある。

 狙撃による傷が癒えず、医師たちより登院禁止、「命を保証できません」であった。

 しかし、濱口は言った。

 「命にかかわるなら、約束を破ってもいいというのか。自分は死んでもいい。議政壇上で死ぬとしても、責任を全うしたい」

 迫鬼迫る気迫と覚悟だ。

 日本が世界と堂々と渡り合うために必要なものは何なのだろうか。

 勇気と貢献の精神を持って、明日の世界を、世界の友と共に歩むために、我々が今何をなすべきなのか、立ち返るべき処がどこなのかを考える時でなのであろうか。


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